ASDのただの主婦

       ASD診断前から診断後も続投ブログ。ASD目線だからこんな思考だったと後からわかるの巻。

親ガチャ

最近話題だが、端的でわかりやすくて品がねぇ。

 

ただ、言いたいことはよくわかる。

私も親に対して「ロシアンルーレットのようだ」とか言いまわしていた時期もあった。

 

でも、昔話題になった「世界がもし100人の村だったら」を読んだとき、こうやって「普通」だと思っている暮らしが、世界的に見てどれだけ恵まれているのか。

いろんな角度から考えさせられた。

 

この本はぜひ一度お子さんたちと目を通してほしい。

 

「親ガチャ」に関しては、奇しくもひろゆき氏と同じ考えで、頭から批判している方たちは恵まれた環境下で育ち、物の判別がつく状況のぬるま湯育ちなのだろう。

 

揶揄しているが、悪気はない。

話題に出せるだけ幸せなのだ。気づいていないだけで。

 

 

本当に幸福の定義は千差万別なわけだし、子どもにそう思われないように子育てすればいい。

で、良いと思う。

 

思うに、「親ガチャ」って表現がよくない。

 

「親」はいい「ガチャ」がよくない。

 

例えば慣用句などの古来からある言葉で、「カエルの子はカエル」とか「鳶が鷹を生む」とか「親の七光り」とかある。

 

これも親基準で子どもを揶揄する言葉であるが、これだと「ガチャ」より分かりにくいがさほど反感は買わない。

試験にも出る。「ガチャ」は出ない・・。

 

「親ガチャ」の言いたいことはわかるが、慣用句みたいに粋な言い回しにしたらきっと炎上しないで、その本質と向かい合い、冷静に話合いできるのではないだろうか。

 

例えば・・こんな詩がある。

 

 

 

「何のために生まれて、何をして生きるのか、答えられないままで終わるそんなのは嫌だ」

 

 

 

深い・・。