やっぱりな。
というか、うっすらわかっていたがやはりASDだった。
みたいな。
完全に父方の遺伝である。
‥さあ、どうするかなのだ。
とりま障がい者手帳をもらう。
知り合いにはわざわざ話さないが、親はさすがに悩む。
私が変人なのを重々承知で育て、じつは遺伝のASDですって‥親の方が責任の割合でかくなってしまうのがいたたまれない。
もう80も間近な二人に、一人娘の事実を言う必要があるのか。とか考える。
「やっぱりな」ってなったらムカつく。
で、考えすぎちゃうとまた飛躍する。
なんでも病名付けるな!と。
私も人付き合いがわからなくて悩んで、みんなこんなに考えてるのかな??と、不思議だった。
でも友人はいる。
今さら「実はあなたは病気でした」ジャジャーン!みたいに後付けされてもすでに45歳。孫もいる。
もはや個性としてASDとお付き合いできてるレベル。
あの頃の紆余曲折は終わったのだ。
治療できるならしたいけど、どうにか受け入れた45年ぶんの「なにか」を突然否定して消し去るみたいで、何かわからない未練もある。
当たり前がいわゆる「普通」に矯正されるのだ。
顔が能面みたいにならないのか。
とにかく困惑している。
ASDだからどうしよう。じゃなくて、今さら知ってどうすんだ私と。
あと、うっすら心配しているのが、回りが知ったら態度変わるのか説。
これは傷つく。
私の横暴が「個性」として認知されたみなさんに実は「病気」とアップデートされるのだ!
嫌だーイヤだーー!
「困ったちゃん」くらいでちょうどいいんだー!
これは回りに言わない方が良いのか‥
では家族(旦那や子ども)には‥
旦那には言う。
なぜなら「ASD免罪符」という永遠のパスポートを貰えたようなものだからだ。
何ならちょっと面倒くさいことでも「‥気持ちが晴れない‥」
許してくれそうだ!!
‥炎上しそうな考えだが。
当事者だから許して。
子どもには‥いわない。
なぜなら「遺伝」の可能性がある病気なため、単純に「学校面倒くさい」状態のときに言い訳にしてほしくないからだ。
思春期って別にASDじゃなくても鬱々としたり、ホルモンバランスやらで感情の起伏もある時期だ。
それを「母さんがASDだから自分もついに発症した‥(いや、元来ですが)」とか、ヨボヨボしだしたら相手してられない。
だって私がASDなんだもん!!
若いときって、ちょっと人と違うのが勲章みたいなアホな時期がある。
「偏頭痛もちなんだ‥」
「つねに生理痛の薬持ってる‥」
「完徹3日したよ‥」
「不眠症」
‥学生諸君、断言しよう。
9割は気のせいだ。
成長の過程での不調で、病気ではないという意味。
この「病気自慢(?)」お年寄りもしがち。
「大動脈瘤を克服した」
「心筋梗塞で倒れたけど処置が早かったから後遺症を免れた」
「ガンで大手術をして今がある」
「胃を半分以上切除した」
‥重いから!!
聞いてる方は「へー、ふーん」しか言えない。
やってること同じだが、スケールが違う。
話が飛んだが、こんな理由で言ったり言わなかったり。
これも気苦労なんだがな‥と、今さら知って良かったのか。
とりあえず自分を俯瞰視して、分析して長所を抜粋して生かそう‥そうしよう。