ただの主婦

子育て、日々の事、時事、思想、ただの持論

ワクチン接種後の心理

ご高齢の方より進められているワクチン接種。

例に漏れず、両親も摂取してきたそうだ。

 

また、過去にクラスターが出てしまった次女の大学も7月には学校内で集団接種を行う。

 

で、今の段階で感じるのだが、接種を終えたご高齢の方の外出が増えているような。  

 

先日も久しぶりにボーリングのサークルさんが4名でご来店された。接種済みだ。

うちは2名以上は席を離しているので、席を離したらブツブツ文句を言われお食事なさっていた。

 

・・接種済の方たちは緊急事態宣言もまん防も終わったんだろうか・・。

 

我々の社会ではいまだまん防中なので、飲食店として席を離し換気や間仕切り、検温や消毒など規定を守って営業をしているだけなのだが。

 

平時を求めるなら、どうぞ平時の国へ行ってくだせぇ・・。

 

で、だ。

勘違いしてほしくはないのだが、ワクチンは特効薬ではない。

重症化を抑えたり、かかりにくくなるだけで、かからなくなるわけではない。

 

・・という理屈が分かってない方が多すぎる気がする。どうだろう?

 

ワクチン2回接種で無敵になった錯覚を持たれている。

錯覚だ。

 

その落とし穴にはまったのがイギリスではないのか。

・・インドは接種したワクチンの開発国をしくったようだが・・。

 

単純に・・感染源とされる国が完璧なワクチン及び特効薬を開発したとしたら、ウィルス自体が兵器で、完全に外交における策士だろう。

 

不完全なものをばらまくのが得意なくせに、病原体だけは完ぺきだとか・・質が悪い。

 

もとい、そういうわけなので今後若年層が接種をし始め、酒も解禁され始め、オリンピックも開催され・・どうなりそうか想像がつかないかなぁ。

 

接種なうの若者が無敵と称し、勝手に平時を語り通常生活へ戻っていく。

徐々に緩められてしまった感染防止策をすり抜け、もう一山来るのは周知の上だ。

 

・・今こそ締めるべきでは・・。

 

接種が始まり、2か月くらいしっかり緊急事態宣言下の行動を徹底すれば、年末には宴会開けそうな気が。

 

これを変にタラタラ緩めて、オリンピック開催して、無敵勘違い勢が野放しになり。

・・今年も年末見えなくなったな・・って残念。

 

 

お店は今も営業時間を守り、感染対策をしている。

席も減らし、酒も出さず、お客さんが多い日は早閉めして店内消毒までしている。

 

去年の夏場なんかコロナなのか熱中症なのか熱いだけなのか、よくわからん37度以上のお客さんを全部お断りした。

 

1日10組以上お断りしたこともあった・・。

今年の夏も怖い・・。

 

でも、近隣の店はお酒も出しているし、コース料理のお店は間仕切りも検温もしていない。

だから、融通が利かずマスクのお願いばかりしているうちのお店は、ぼやくお客さんも増えてきてしまった。

 

 

・・なんだか馬鹿らしくなってきた・・。

 

 

真面目って何だろう。

 

うちの客層として、赤ちゃん連れの家族やお子さん。

おじじにおばばが多い。

 

だから、お店としても守りたい。

・・守りたい、言いながら営業していること自体矛盾しているし。

閉めればいいじゃんね。って。

 

かといって、うちはうちでまじめにやるつもりは揺るがないけど、エビデンスがない以上、営業しながらやってる感染対策事態が実は無意味だったとか言われるかもしれない。

 

 

なんつーか。

 

 

空しい・・・

 

 

コロナ後の世界 飲食店編

サンマルクで時間つぶし中、経済系の雑誌でコロナ後の経済について予想する対談の記事を見ていた。

 

案の定、読んだって意味がわからないので画像的に記憶。

二人の似顔絵かけそう。

 

余談だが、京都大学を退職される教授の話は面白かった。

京都大学いいよね…ips細胞…LED大文字焼き騒動…

 

内容はニュアンスで把握したけど、飲食の記事では私が先々週くらいに旦那に熱く語っていた事がそのまま語られていた。

 

きっかけは朝の番組。

朝はオハヨンから情報番組垂れ流して、繰り返し流れる同じニュースを聞いている。

 

たまたまその日は、コロナ禍においてファーストフード店の需要が高まり、マクドナルドやモスバーガーの売上が軒並み前年比を超えているというものだった。

 

わかるー。

近所のマックのドライブスルー。

緊急事態宣言中の渋滞ハンパなかったもん。

 

一回駐車場に止めて、歩いて買いに行った方がきっと早い。

 

で、これに目をつけた〇〇ホールディングとかが、続々と高級ハンバーガー店を出店するという話題だった。

 

アホか。コケるぞ。

頭がデカすぎる。

 

みんなハンバーガーが食べたくて群がったわけではない。

 

そしてどんなにその浅いよみを譲ったところで、ハンバーガーブームが到来したわけでもない。

例えるならこうだ。

 

 

消去法で残ったから。

 

 

自粛生活で外出を控えている家族層がドライブスルーに群がり、客単価が上がったのが勝算だ。

 

最近ハッピーセットのおもちゃが品切れになるスピードが早いのに気づいているのだろうか。

 

気づけばニーズがすぐわかる。

 

一時期サイゼも客単価が上がり、コロナ禍でも対して打撃を受けなかったと聞いたけど、最近下がったとも聞いた。

起業したときの物語が好きで、一号店にも行っておじいちゃんと話したこともあるので、応援したいファミレス。

 

テイクアウトでコケたのだろうか。

 

うちも同じようなメニューを扱う軽食店なので、焼き物もパスタもテイクアウトに向かねぇなーと、去年の4月に弁当を始めよう!と、いきなり発起。

業務用スーパーで突然大量の弁当箱買って帰った事があった。

 

この時、目玉にしたのがから揚げ弁当。

今も看板商品のひとつで、大当たりしてる。

 

そして後々、から揚げ専門店が乱立した。

先見の眼ありである。

 

その中でもフランチャイズでレシピ丸投げして店舗を伸ばした唐揚げ専門店や、屋号とオペレーションを売り、既存の飲食店の片手間で兼業できるシステムや、ガストのように堂々と店舗を兼用する唐揚げ専門店が続々と出た。

 

みんなやり方が上手いなーと思ったし、アイディアも多彩。実行力が凄いと思う。

が、唐揚げ専門店はボチボチ引き際な予感。

 

もとい、ハンバーガー店の新生といえば、ブルースターバーガーは上手い。

 

奇しくも焼肉ライクのダイニングイノベーション…。

牛角ビュッフェも緊急事態はどこへやら、激混みだったしな。

 

賢いし、実行力と想像力と先見の眼を持ち合わせた企業だと思う。

この発想力と実現してしまうスピード感がある企業は生き残る。

 

ただ、西山さんの白いメンチカツは酷かったけどな‥あのオペレーションは個人店向きじゃない。

おばあちゃん倒れちゃうよ‥

 

さておき、ぜひ雇ってほしい…アイディアや、実績はあるけど、学歴と金が無い私を‥

 

この夏中に新しい形態のファミレスを作れば、来年以降ウハウハなはず。

という計画だけはあるのになー。

 

どうせ向こう2年位はインバウンドは期待できないしね。

どの業種も国内ターゲットで食ってくしかない。

 

スポンサーって、どこで見つけるのだろう‥。

 

 

ジジババじゃ無理だよなー。

 

 

Go to ワクチン

「ワクチンを打ちに大手町へ行こう!」

 

何だか皮肉かなと。

 

オリンピックの選手バブル方式。

 

各国のメディアの移動が懸念されているが、ド田舎に滞在させて送迎を各地のタクシー会社さんにお願いして「メディアバブル方式」を実践してみては?

 

と、勝手に思う。

 

タクシー会社さん、大変そうだもん。

予防接種とか対策済の方を送迎するなら、町中より安全だよね。

 

合宿免許へ旦那が若いときに行ってきたんだけど、コンビニどころか街灯もない山の中で、酒もなく。

 

20歳そこそこの若者たちが14日間くらいそれなりに楽しんで過ごしたそうな。

 

マスコミだってできるだろ。

戦場のカメラマンよりは条件はいい。

 

どうせオリンピックやるんだろうから、どうか日本がバイオハザードVの予告編状態にならないように願う。

 

習い事

子育てをしていてぶち当たる壁。

それは習い事。

 

結論から言うと、そろばんと習字だ。

迷ったらこれだけでいい。終わり。

 

 

さて、4〜5歳にもなると、チラホラ周りが習い事を始めだす。

大体スイミングか、体操教室。

 

習い事はまだいいかな…とか思っていると、年長になる頃にはすっかり少数派で、意味もなく焦る。

 

なにか…うちの子乗り遅れているのでは…と…。

 

かくゆう私も長女のときは「経験値こそすべて」は、否めなかった。

長女だけ色々やらせた気が。

 

我が家の掟は、長く続けること。

毎年サマーキャンプ、またはスキー教室など、長期の休みには最低3泊以上のツアーに一人で参加すること。

 

これらをずっとやらせた。

 

それと全員スイミングは極めていて、全種目延々と泳げるレベル。

 

他に長女はアトリエ教室を11年、次女はバスケを10年、長男はスイミングを15年間やり続けている。

 

スイミングは亡き旦那(死んでない)の意思を継ごうと思ったので続けた。

 

次男はスイミングと空手。

 

…ちなみに私は全部未経験だ。

息継ぎできないから15mくらいしか泳げないし、玉つきながら走れない。

 

そして元旦那と今の旦那しか殴ったことない。

 

バスケやスイミングは、続ければ続けるほど雑魚は一掃され(失礼)ガチ勢しか残らない。

 

親がコーチとか、両親が選抜とか、家族全員インハイ出場済みとか…。

オリンピックの強化選手は前の旦那だけだけど。エッヘン!

 

…とはいえ、既に前の旦那は過去の人。

長水路短水路を田んぼの水路だと思っていた私しか保護者は残ってない…。

 

惨憺たる知識と技術のなさで、バスケにおいては最初のボール投げで未だにどっちがゴールになるのか、応援席が右か左か不明なまま大きくなった。

 

 

と言うことで、ここでも伝家の宝刀、蚊帳の外だーーイエーーーイ!

 

 

子どもがレギュラーだと、親の階級も決まる。

おまけにスタメンで交代なしの次女の保護者である私の下には、バスケ経験者しかいなかった。

 

スゲー強豪校に引き抜かれたとき、各自親もうちわに装飾してグッズ発注してお揃いのTシャツで応援するんだ。

という話題のとき「ジャニーズの追っかけみたい」と、発言して総スカン食らった。

 

それから一生懸命「未経験」を隠したが、最後の最後でお別れ会のとき保護者の試合がありバレた。

 

背がでかいので最初のボール投げをやらされたのだけど、まずどちらに落としたらいいかわからなかった。

 

 

それどころか、仲間がわからなかった。

(みんな有段者なのでビブスなんかいらない)

 

 

どっちに走るかもわからず、トラベリングしかせず、ようやく真っ直ぐに歩いてついたゴール下で見事な自殺点を外した。

 

 

悔いしかない。

 

 

思い出しても恐ろしい…

あんなに盛り上がっていた娘たちの沈黙。

 

それ以上に肌で感じる保護者からの熱い視線。

 

「ちょっと…あの人まさか…」みたいな目だけで会話が成立しているのが傍からわかる。

 

 

 

穴があっても入れない…

 

 

 

その日の打ち上げももちろん欠席だ。

酒の肴は私だろう。…クソが…

 

中1でクラブに引き抜かれた長男のスイミングは、最早誰も話しかけてこないし、クソコーチからも早く辞めろ攻撃がすごかった。

そう、メンタルを強くするためではなく、単純に邪魔者あつかい。

 

クラブの子はみんな低学年から毎日何キロも泳いできた子だ。

親子共々団結力ハンパない。

 

そこに週1のカルチャー教室で異常な頭角を表した長男が、たまたま加入した事にどれだけムカついていたんだか、わかるけどわかんない!

 

唯一話しかけてきたお母さんに、「どこのクラブから移籍したんですか?」と、聞かれ「コナミです」と言ったら「私もコナミです。〇〇君いました?」

と、聞かれたので「ベストスイマーでした」と言ったら唖然とされた。

 

…唖然とした意味がわからなかった…あとからうっすら分かったけど。

 

「速かったのかしら?」と、言われたので「遅いですーここで練習してやっと16秒縮まりました」と、答えたら口を聞いてくれなくなった。

 

クソ…手練れ共め…。

素直に話しちゃだめなのか。

 

クラブではコンマ1秒を競い合うので、16秒縮めるって何。って感じで扱われた。

50m46秒が30秒切ったから本当なんだけど。

 

大会ではタイムが近い子同士でレースを組まれる。

 

そのお母さんの息子さんとレースが同じだったのだけど、家の息子は見えていないようだった。

 

このクラブは結局辞めてしまった。

原因はおじじコーチが前時代的な人間だったからだ。

 

つまりスポーツバカ製造機。

 

姉のときに経験したのだが、今の部活や選抜の大会出場の基準に「学力」があった。

もちろんそのコーチの意向による。

 

スポーツ推薦でもわかるように、スポーツで秀でているとバカでも名門校へ行ける。

…で、ラッキーではだめなのだ。

 

ここで頑張らねば、怪我や引退でコートから離れるときが来たときにバカしか残らない。

周りの子は受験をして受かった子たちなのだ。

 

この劣等感を払拭するためでもあり、また何か進学の可能性を広げるためにも強豪チームほど成績にうるさかった。

 

素晴らしいと感銘を受けた。

 

前も書いたが、前の旦那がオリンピックの強化選手止まりで、いざ就職してまともに社員になるまで、何年も遅れを取ってしまった。

 

彼は努力家だったので、最終的に報われたが、当時のお友達はムキムキ逆三角形も脂肪に変わり、家業を継ぐかせいぜいプールの監視員かインストラクターだ。

 

あれだけ自分を酷使した代償にしては大きすぎる。

で、実のところ真面目にスポーツに取り組んだ子ほど喪失感もでかい。

 

もちろんそこまでできる子達の中には天才的に文武両道な子もいる。

 

でも、ほんの一部なんだよね…。

 

だから成績が満たないと試合に出さないとか、試験前は練習休みとか、とくに義務教育においては当たり前だと思った。

 

でも、そのクソコーチは違った…試験前に休むならやめなさい。

土曜登校は大会優先で休みなさい。

 

だめだろ。

 

クラブチームは学校とは違う。

インハイでるから休みます。ではないのだ。しっかり欠席がつく。

 

このスポーツバカ製造機の傘下にいれば、確かに金メダル級の化け物が育つだろう。

頭の空っぽな未来のない筋肉バカに。

 

と、恨みとツラミたっぷりで書く。

あーかつてのチームメイトの未来が楽しみ…。

 

 

今のスポーツはバレエを極めるためにダンスや新体操もやる。

サッカー目指しているのに水泳をする。

 

一本化はナンセンスなのだ。

頼むから子どもたちの未来のために、巨人の星から目覚めてほしい。

 

 

柔道一直線でも足でピアノ弾いていたじゃん。

 

 

と言うわけで、子供の習い事。

始めたはいいが、辞め時がわからないと極めた後に親が孤立するの巻でした。

 

でも、子どもが得るものはとんでもなく大きい。

私もたくさん応援し、嬉し泣きと悔し泣きし、そして共に成長させてもらった。

 

 結論、そろばんと習字がベターだと思うが、それでも私はスポーツを勧めたい。

 

 

あの時の感動は、生涯忘れないから。

 

女女男男

という具合に子供がいる。

 

私は一人っ子なので、兄弟姉妹はおとぎ話だった。

「兄弟って〇〇何でしょー?」みたいな想像。

 

一般的に1番目はしっかりしていて、2番目は破天荒、3番目は才能があって‥ってあながちだ。亀田兄弟のように。

 

我が家は長女はマジメで慎重努力家。陰キャの藝術家。

次女は社交的で明るい。スポーツ万能。

長男は万能系。勉強もスポーツもできて努力しない。

次男はおもちゃ。

 

‥下は4歳なので未知。

 

末っ子は長女が家を出る寸前に生まれたので、4人揃っての思い出があまりないのだが、3人兄弟のときは各自個性があって面白かった。

 

以前、書いたかもしれないが、氷砂糖のエピソードは面白かった。

 

紫蘇ジュースを作るときに買う氷砂糖。

長男3歳、次女低学年、長女高学年の時、飴のように食べられるよ。

と、与えたら、結果的に氷砂糖が通貨となり、インフレとなった。

 

一度食べた子どもたちが、なぜか全員ドハマリした。

 

ストックがちょこまか減るので叱ったら、長女が小遣いはたいてスーパーで買ってきた。

マイ氷砂糖だ。

 

これがズルいズルい!と、火種となり、長女が「じゃあ2個あげるから皿洗い当番変わって。」という感じで妹弟を雇い始めた。

 

氷砂糖を通貨にしたのだ。

 

しかし最初はそれでも働いていた労働者たちも、賃金の安さにストライキをおこした。

 

最低賃金は上昇し、最終的に氷砂糖10個でも皿洗いはしなくなった。

インフレである。

 

そうして長女は経営破綻した。

 

兄弟って面白いなーと思った。

 

 

また、ある時、テレビで「現代っ子は野原で遊べない」という学術研究を見ていた。

 

要は今の子にはなんでも与えられているため、想像力に欠け何もない空間で「遊んでいいよ」と、言われても遊べないというのだ。

 

へー

 

早速我が子達を砂浜に解き放ってみた。

何もない海岸で、波もあるから水遊びもできない。

 

3人は「うみだーー」と、テンションが一瞬上がるも、で?って感じに。

 

私は本を読み始め、放置していた。

 

すると各自が勝手に遊び始めた。

長女は穴を掘り始め、次女と長男は貝殻を拾い始めた。

 

この貝殻、その辺にクソ程あるのに「それ私のだったのにー」とか、「キレイでズルい!」と、わけのわからんいざこざがあったり。

 

黙ってみていたら、下の二人は貝殻が通貨となった。

 

拾ってきた貝のお金でゴミを買うという遊びが延々と続いた。

どんなにやっても、次女が大金持ちになる仕組みだ。

 

日も暮れてきて、帰ろう。

となった時、腰まで埋まりながらなお、素手で穴を彫り続ける長女に気づいた。

 

 

スゲェ深い…。

ずっと掘ってた。

 

 

こんな感じの姉妹弟だった。

 

今は長女が嫁ぎ、次女は大学生で一人暮らし。

家では男兄弟だけになってしまった。

 

でもこの二人、年も離れて父も違う。

性格も違うし、顔も違う。

 

何だか子は鎹、では無く、鎹は私だ。

 

 

一人っ子は全てを独り占めできて羨ましい。

と、言われがち。

 

でも私は家族間の闇に気づかず。

自分を殺して育った。

 

誰にも言えない。言う人がいない。

 

だから兄弟って羨ましい。

みんなで親の間違いを言いあったり、発散できるし、良いことも悪いことも分かち合える。

 

何より親にもしもの時があったとき、もめる可能性もあるかもしれないけど、みんなで考えることができる。

 

私は一人。

これから必ず起こるべき不幸やその対処は全部自分に伸し掛かる。

 

まあ、それはそれとして…子どもの頃、毎日一人でゲームもない家で。

自分が何をして過ごしていたか覚えてない。

 

 

やっぱり、兄弟っていいよ。

 

もう戻れないけどさ。

 

U-CANアホですか

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U-CAN

メンタルトレーニングやアンガーマネジメントとか頼みましたよ。

自分を変えたくてもがいてるんですよ。

 

送る相手を選んでいたら問題ですよ。

 

 

世間からも「お前病気だな」の烙印を押されました。

 

 

って捉えるんだよ。私みたいな人間は。

恥ずかしくて引け目があるから、コッソリ学ぶんです。

 

もう少し頭を使えませんか。

あなたの会社には私の個人情報の全てがインプットされてるんです。

 

 

言いたいことは以上です。

 

選ばせているようで否定し、誘導してしまう現象

私はちょっといい家の一人っ子だ。

 

でも10代で家を出て、子育ても頼らず。

一人娘だから仕方なく親とも関わろうと努力している‥が、関係は良くない。

 

あまり詳しくは書けないが、私の両親は簡単に言うと「孤独」だ。

 

人付き合いもなく、親戚も無く、友達もいない。

母はかろうじて社交的だったのだけど、コロナ禍になり老人会もなくなり、自粛しているうちに父親に取り込まれた。

 

同調心理だろうか。

孤独が長いと、世界がそこで完結してしまう。

だからその先や他の意見が届きにくい。

 

すると更に孤立する。負の連鎖だ。

 

この孤独感情が強い人は、無意識なんだろうが他人を取り込みたがる。

 

自分を分かってほしい、自分を好きになってほしい。

が、お小遣いやプレゼント攻撃となる。

 

お店をやっていて何人ものお年寄りが頻繁にプレゼントを持ってきてくれたので気づいた。

うちの親もこれだ。

 

プレゼントを渡されると喜ぶ、喜ぶ姿を見て自分が満足したいだけ。

それはプレゼントやお金に対してのアクションで、自分に向けられたものではないのに錯覚してしまう。

 

私はこれを素直に受け取れず、困惑して嫌がられたり、断って嫌われたりもした。

 

寂しいけど断り続けるしかない。

差し出された手を引っ込めろ!って、本当に辛い。

 

私もお友達がいないし、寂しい気持ちがわかる。

でも、ものやお金はダメなのだ。

 

そんな事に最初は気づかず、毎日来てくれるおばあちゃんがいた。

 

毎日手土産でタオルとかお菓子をくれた。

それがパンになり、お弁当になり、最終的に子どもたちの日用品となった。

 

毎回「いいよ〜」って軽く断っていたのが失敗で、ある時ヘルパーさんが来て「あの方、毎日外食するほどお金がないの」と、言われてしまった。

 

私は汚いので保身で言うが、私は何も悪くない。

 

通常に営業して、お客さんとしてきてくれていただけ。

お客さんの身の上とか、いちいち知らない。

プレゼントも手土産も勝手に渡してきた。

 

 

で、何か分からなくなってめっちゃ泣いた。

 

 

私はおばあちゃんが来てくれて、話せて嬉しかった。

お友達だと思っていたけど、いつの間にか違っていた。

 

それからはおばあちゃんのためを信じてご好意を徹底的に断ったが、最後は「薄情者!」と、言われて来なくなった。

 

 

で、めっちゃ泣いた。

 

 

ただ、仲良くしたかった。

 

断るのはその人のためだと思った。

 

‥間違っていたのかな。苦しい。

 

 

このあともお金持ちのおばあちゃんが、毎回お金を包んで置いていくとか、近所の会長さんがお裾分けを頻繁にくれた。

 

‥これを素直のもらうのがとんでもなく苦痛で、「ありがとう」でいいんだよ。

 

って言われてもできなくて、みんな断ったら嫌われた。

 

 

私がなにかしたのだろうか。

 なんか見下しやすい人間に見えるのかな。

 

 

逆に好意を受けたとして、断る選択肢は無いのだろうか。

 

もちろん、誕生日とかは別だよ。

でも毎日の手土産や、包んだお金はいらん‥

 

たまたまそれがない時に「今日は手ぶらでごめんね」が、意味不明。

 

って感じで素直になれない自分がいた。

結果私も孤立した。

 

私はお客さんが来てくれるのが嬉しい。

話ができたらなお楽しい。

 

ものを貰えるから待っているのではなく、その人たちに会えることだけでいい。

 

それがどうしてもうまく伝わらず、相手のあげたい衝動を抑え込むばかりでお互いのわだかまりになってしまう。

 

思えば両親も孫にお金をすぐ渡す。

寂しい人は自分を認めてもらうのに上位に立とうとして信者を取り込む。

 

前澤友作の様に‥てか、奇しくも「友、作る」‥。

 

でもこれは相手の意思はお金に向いているだけで、自分を好きなわけではない。

 

子供たちは電車で勝手に行けるようになると、月イチで会いにいく‥というか、お小遣いを貰いに行く。

 

これで毎月孫に会える。

と、喜ぶ親と、お小遣いもらって帰ってくるだけの孫。

これでいいのかと考えてしまう。

 

 

たまに私と会うと「お前たちは金ばっかり貰いに来る」とか言われる。

 

 

くれ、とか言ったことないが。

むしろそれを泳がせているのは私からの温情だ。

 

 

そうだな。今の状態は金の切れ目が縁の切れ目だしな。

 

 

この関係が辛い。

人に話すと自慢話のように聞こえるらしくて、あまり公言できずに抱えていた。

 

なんか遠回しに「自分はものをもらえるほど魅力があるみたいで困るわ〜↑」

って感じに聞こえるのだろう。

 

ちげぇよ。

 

普通でいい。普通で良かった。

 

世間話をして、一緒に食材選んで台所に立って。

ご飯作って教わって。

 

家族で食卓を囲んで談笑して、残した家事を何となしにやってあげて「また来るねー」で帰る。

 

 

で、いい‥

 

 

他人のアクションに対し、「NO!」という権利は誰にでもある。

 

私は思えばこれが通らない環境であった気もする。

 

例えば「何食べたい?」と、聞かれ「ラーメンがいい!」という。

すると母は「ラーメン、しょっぱいし油っこくて体に悪いよ。お蕎麦にしよう。」

と、聞いておきながら私の意見を全否定し、自分の意見に誘導させる。

 

結果そば食ってる。

 

て事が殆どだった。‥全部。

 

で、これをやられ続けるとどうでも良くなり「なんでもいい」と言うと「あなたはいつもそうなんだから〜」と、人格まで全否定される。

 

こういうやり取り、みんなも無意識のうちにやってはいないだろうか。

 

前も書いたが

女性が服選びでやりがち。

 

どっちがいい?って聞いてきたところで自分の意志は決まっている。ってやつ。

 

私はこれを母から受け、それだけならあるある話だが、父親からはド直球で「お前はどうせできない」と、呪文のように否定され育った。

 

これに気づかせてくれたのは長女だった。

 

ある時言ったのだ。

「どうせママが選ぶじゃん」と。

 

これが言えなかった。

 

私は両親にこれが言える家庭では無かったのだ。

知らないうちにNOが言えず、絶対的に服従していた。

 

って事に気づかず、私も子どもに同じことをしていたのだった。

 

‥このままでは私を量産してしまう‥と、気づいてからはどんな子供の意見も尊重した。

 

分かりやすいのは七五三などの写真での子供の服装。

 

長女のときは娘の意見を無視して私が最終的に決定するので、全体的にしっくりまとまる。

色合いもよく、デザインも高級志向だ。

 

しかし完全に子供の意見を取り入れ、子供が選んだ服をそのままチョイスした次女以降は兄弟の個性が光るまとまりの無い家族写真になった。

 

 

で、いいかな。と、思った。

 

 

今でも写真を見返すと笑顔になれる。

 

「このときあなたはこれを選んだのよーチンドン屋さんみたいー」とか。

‥軽くディスっているな。

 

そうやって相手の気持ちを考え尊重するって大切なんだと学んだ。

 

 

てことは、やはりプレゼントは「ありがとう」と、もらうべきなのか。

 

でもそこに私の気持ちはあるのだろうか。

 

私にはNOの権利もある。

嫌われてもなお、この依存行動にはNOを貫きたい‥ごめんなさい。

 

 

 

きっといつか、ものやお金が無くても信じ合える関係がきづける時が来るって、漠然と待とう。

 

 

 

きっとそれがいい。