ASDのただの主婦

       ASD診断前から診断後も続投ブログ。ASD目線だからこんな思考だったと後からわかるの巻。

フラッシュバック

たまにふと昔のことを思い出すことがある。

今日は駅まで歩いていたら、保育園のお散歩ワゴンに乗ったおチビが駄々をこねていた。

 

その泣き声がどうしようもなく、かわいい…ってなり、フラッシュバックしちゃって、うちのお子達もあんなで…私いつから泣き声にイライラしなくなったんだっけ…とか、色々思い出していた。

 

思い返せば「昔の私すげぇ」と思うことばかり、失敗ばかりでいろんなことがあったけど、結果的に今は「すげぇ」って尊敬している。

 

そんな私の思い出の中ですげぇと思ったのは、やはり幼稚園、小学校の役員をやった時。

 

卒対も幼稚園小学校と2回やったし、6年生の時(一番過酷な時)学年長もやった。

あとは広報委員とか家庭教育学級の委員長もやった。

 

…自分がASDだって知らない時代の私。すげぇ。

 

なかでもふと浮かんだのが、長女が幼稚園時代の卒対(卒業対策委員会)

 

今から20年以上昔の話だけど、この頃の卒対は卒業アルバムや幼稚園での思い出を集めたビデオの編集、謝恩会の企画、発注、記念品や花束や…もう全部母たちがやっていた。

これから卒業する主役なのにだ。

 

私は卒アルと謝恩会を担当していて、前日から何時間もかけて一人で会場を飾っていた。(他の人は他でやること山積だった)

 

もともとものづくりが好きなので、入り口を滝のようなテープで装飾したり、時計を太陽に見立ててオブジェを作ったり…と、思いつくままやっていたらジャングルみたいな会場になって子供達も大喜びで、それはそれは盛り上がった。

 

…で、私はこの時何にも知らないでやらかしていた…

 

この「資材」であるが、事務室の倉庫にあるストックから色紙やテープを使ってください。だけしかアナウンスが無く、私は素直に「使い放題」してしまっていた。

 

この「資材」のお値段…そしてそれをどの予算から出しているか…全然わかっていなかった。

むしろ宝の宝庫だ!くらい思って、色々勝手に使っていた。

 

これを…当時の教頭先生は見てみぬふりをしてくれて、一切咎めなかった…

 

思えば卒対の会計の時も、委員長は「残った分は園に寄付をしました」報告してくれたのだけど、この余った金額が万を超えていた。

大抵予算は使い切るので、「ん?」と、違和感を持ったことがあった。

 

当時、長女は言葉が遅くてよく職員室にいた。

そこで一番仲が良かったのが教頭先生で、長女が出産した時もお祝いしてくれたほど仲良しで付き合いが長い。

 

私自身はあまりお話ししたことがなかったのだけど…もしや…と、過って、突然涙が出てきた。

 

もしや、気づいていたのではないだろうか??と。

 

わたしがASDとかではなく、長女が発達の傾向があるな…と。

そうしたら血縁者の親もアウトである。

 

そういうことをもし、感じ取っていて好きにやらせてくれたのでは…?

…ということをやりかねない先生だったので、何の根拠もないのに涙が出てきてしまった。

 

私は肯定されていたのかもしれない。

 

当時の卒対の委員長さんも優しくて、わざとたくさん予算を余らせて、私が使った資材分を誰にも気づかれないようにそっとお返ししていた気がする。そもそもそういう人だ。

 

そう考えると妙に辻褄が合ってしまい…まさか…まさか…の段階なんだけど、涙が止まらなくなった…。

 

あの時…気づいていなかったのは、きっと私だけだったのかもしれない。

合わせすぎる

次男が急に

 

「俺…一緒に怒って、一緒に泣いて、一緒に笑える友達が欲しいんだよね…」

と、言い出した。

 

運転中に。後ろで。

 

どどどどうした。

と思ったら、そう友達に言ったら「お前カッコつけてるの?キモ」って言われてシュンとしたお話だった。

 

…それ友達が言うことか?

 

次男は続ける「その友達ね、俺が泥に埋まったダンゴムシを助けてあげていたら“きったねぇー”って言ってきてさ…」

 

…もう友達じゃねぇな

 

「朝とか突然“キモイんだよーー”って言ってくる…」

 

友達やめなよ。

 

「…あっ!でもね、コレは俺だけじゃなくみんなに言ってるからっ…」

 

だからなんだよ。

 

その子自体は問題のある子だとみんな認知しているっぽいが、そんなことより次男が優しすぎて怖い。

 

発達系の子って極度に相手に合わせてしまう特性もあるから、何となしに様子みたりお話聞いてあげようと思う。

 

あまりにも頻繁だったら担任に言うけど、4年生だからね…

 

そろそろ自分で掻い潜る術を学んでいかないと、中学高校で大事になりそうなので、今は遠くから見守ってみるという判断を下した…そんな私自身は…

 

痛い目を見たタイプ。

まっちろ

次男がピュアすぎる。

 

先日私と次女のお誕生会でのお話。

お寿司パーティーをしたのだけど、持ち帰りのお寿司の仕切りに「バラン」が使われていた。

 

この「バラン」を知らなかった次男が

「何この草?」

と聞いてきたので、次女が

 

「お寿司がたくさんあるでしょ?飽きた時に食べるやつ」

と、ふざけて言った。

 

流石に材質的に食べられないとわかっている様子だったが、それでも

「限界まで食べて、もうヤバい!って時に口にするのだろう」という解釈をしたっぽくて、

 

「そうなんだ…俺にはまだ知らない世界がたくさんあるんだなあ!」

 

と、ご満悦になった。

 

次女は次男の想定外の反応に面食らって、

「マジ、食べちゃダメだからね?わかってる?これ?」と、慌ててフォローを入れたものの、

 

「え、大丈夫だよ!俺限界まで食べないから!」

 

と、「依然として限界が来たら食うなコイツ」的な返答にガチでテンパっていた。

 

一回信じたものを書き換えるのも面倒くさい次男…

絶対的にこの子ASD気質だと思う。

連休明け

…snsもそうなんだけど、リアルでもね…

休み明けに「(子供が学校に)やっと行ってくれたー」(だいぶオブラートに包んでおります)

 

…と、喜ぶ親の神経がいまだにわからない…

28年子育て継続中の私の考えですがね…時代が変わってもずっといる。

 

逆を言うと「夏休みかー(ずっと家にいられて)…憂鬱…」みたいな方達のおはなし。

ニュアンスわかるだろうか…

 

例えば休みなく働いていての一言…ではない。

それはもう、仕方ない言葉が漏れちゃったのだろう…って理解できる。

 

要は「自分の時間」や「自分のペース」が乱れるのが嫌。って言う意味のソレである。

面倒くさいなーってタイプの人。

一緒の部屋にいるのにスマホしか見ないタイプの方。

 

そう言う人に限って「今までお昼は自分の分だけだったのに、子供が家にいると朝昼晩作らなきゃならなくて…本当に気が休まらない…」的なことを言う。

 

…じゃあ聞くが…マジで40日間(夏休み)朝昼晩作ってるんだろうか…?

マジで40日間気が休まらない子育ての仕方なんだろうか…?

 

毎年愚痴ってねーで、見直すべきところがあるんじゃないだろうか?

 

そういう軽はずみな「ぽろり」を耳にするたびに

…なぜ産んだ…?

自分の思考がそこまで巻き戻ってしまう…

 

これも自分の価値を下げて、相手の動向を探る「女性あるある発言」なんだろうか?

 

私はASDなんで、意識していても字義通りに受け止めがちなわけである。

簡単に言うとそういう輩が「不快」である。

 

自分がどう思おうと勝手だが、こう言う言葉を聞くたびに

「このどの時代にも一定数湧いてくる方達は、どういうスタンスで親やってるんだ??」って考えちゃう。

 

私は上3人同時進行で、10年明けての末っ子で今でも絶賛子育て中だ。

ちなみに両親がアレ何で、当たり前のワンオペである。兼業も専業もシングルも経験済み。

一人っ子も二人姉妹も三人子育ても男女も全部経験している。

で、達観しちゃって言ってるわけではない。

 

これから楽しそうなことばかり書くが、実際地獄に何度堕ちたか…いいことばかりではないのは本当そう。だけど、今回はそう言うことじゃなく。

 

どの時代でも子供が休みの時は「子どもとしかできないことをやるぜ!」(車中泊とかアスレチックとかレジャー施設行くとか海も山も)って、楽しみになる。

 

シングルで仕事ばっかりの時代は、長女を筆頭に縦割り姉妹弟だった子供達が色々手伝ってくれて逆に楽だった。

 

子供が家にいる時、長女や末っ子の頃は(小さい子だけになるため)3年生くらいまで常に一緒にいたけど、中学年過ぎたら家の中でも「自分の居場所」(時間の使い方)を優先させたいので、私は意図的に絡まなくなった。

 

子供の頃、「心の成長期」に構われると「親に監視されている」って私は思ったから。

 

一緒にいる時は「一緒にいる時にしかできないこと」を何となしにやってたし…

とにかく◯◯だからこうしなきゃ!

というよりは、今(成長に沿って)ならこういうのも楽しいよね?的な感じで一緒にいた。

 

全然苦じゃないし、なんなら一緒にいると自分のことも分散できて楽ちんだった…(掃除とか、買い出しとか)

 

何で子育て→苦行なんだろう??

 

辛いことも悲しいことも「時の流れ」であって、子供を育てるって人間を起源から作り上げる過程を垣間見せてもらっているわけだ。自身の投影だ。

 

スポットばかりに目を向けず、「この期間が過ぎたらこうなる」と、思いを馳せて寄り添うことはできないんだろうか?

 

子育てなんかどんな形であれ、絶対的に終わりが来る。

 

「親だって人間だ」は、ごもっともだけど、「子供だって人間だ」。

同じ人間同士なら、責任背負い込んで上から目線でどうにかしようとせずに、肩を並べて一緒に歩いたらどうなんだろう?

 

子育てなんかどの場面でも、ほとんどみんな初心者じゃん。

 

視界を合わせることで見える景色も変わってくるよ。

シルバーウィーク

シルバーウィーク…40代だけど孫がいるから私も立派なばばぁである…

この「状況的ばばぁ」と「物理的ばばぁ」…どちらもシルバーなんだろうか…。

 

連休は車でどっか行こうかな…って思っていたけど、台風にひよって何となしに終わりそう…

って、思ったら意外と台風被害が「台風の届かなかった箇所」にまで飛び火しているそうで。

 

岐阜県の方に行きたかったので計画していたけど、昨晩の雨で冠水した箇所の水捌けが悪いのと故障車のせいであちらこちらでイレギュラーな渋滞中らしい。

電車もようやく開通したので激混み。

 

普段渋滞と無縁な場所が詰まると、逃げ道もわからないので地獄である…

まあ、判断は間違ってなかったのかな…って、のんびり趣味に没頭中…

 

エナジードリンクとか普段飲まないんだけど、炭酸がそれしかなくて朝から飲んでいたら、目バッキバキで趣味の作業がバカ進んでいて…跳ねっ返りが恐ろしい…。

なんせシルバーだから…

 

次男は連休中にハリポタ全話見ていた。

そして今二周目。

 

連休なので習い事もお休みなんだけど、14時半に公文のバッグ背負って私の部屋に。

「えーっ!今日ないの!?宿題やっちゃったよ!!」と、プンスコで居間へ。

 

17時、空手着を着て私の部屋に。

「えー!休みとか聞いてないよっ!!」プンスコ。

 

この子、休みの日も22時には寝て6時には起きている。

…私は1時9時である…。

 

…いい子や…。

姉と弟

うちの次女24歳(2番目)と長男20歳(3番目)が二人暮らしをしてもう1年半。

水回りの共有部分の掃除でいまだにもめている。

 

この、たまにしかやらない次女だけ、細かく箇所を記すことで「私もやってるし感」出してるのも癇に障っていると思われる。

 

次女ADHD気質、長男ASD気質。

 

合うわけがなく。

 

2月からの2ヶ月間は長男の「ストライキ期間」だったらしいけど、結局4月に長男から折れている。

 

長男は几帳面なので、部屋もめっちゃ綺麗である。

に、比べて次女の部屋、床がかろうじて見える。

 

いい加減長男のストレスが溜まったらしくて

「ママー!!〇〇(次女)怒って!!」

と、SOSされた。

 

…まて、20歳男児よ。

 

おまえ、もう、自分で言えて。

 

悲しい

今日、帰りに歩いていたら、後ろを走っていた子達の中のおチビちゃんが側溝付近で転倒してしまった。

 

お姉ちゃんたちはキックボードで先に行っちゃって、1人で大泣きし始めたので慌てて駆け寄った。

 

おチビちゃんはすぐ起き上がって泣き止んだけど、手とか膝が真っ赤で…

「大丈夫」って言ったけど、心配だった。

 

すぐにお姉ちゃん達が戻ってきて、声をかけてきたので

「お姉ちゃん?切り傷はないけど、ぶつけちゃったみたい」って伝えた。

 

小学校低学年くらいのお姉ちゃんは、

「ありがとうございます」

って言ってくれたので、その場を後にしたら…私が離れた途端に怒鳴り声。

 

「だーから言ったでしょーーガァ!!」

おチビちゃんギャン泣き…

 

母ちゃんだった…真後ろにいたらしい。

 

びっくりして振り返ると目があったのに、すぐ目を逸らされて怒鳴り始めた。

 

「あんたが悪いんだからね!注意したでしょ?いつも言うこと聞かないからこうなるのよ!!」

 

…涙出てきた。

 

おチビちゃんはずっと大声で泣いてた。

あれ、私がおチビの立場だったら…多分私に向けて泣いている。

 

…助けて…やれなかった

 

そこまで介入できなかった

 

できないんなら助けんなよ自分。とか、心が別れ始めた。

自分の小さかった時とおんなじだ…って、そんな記憶も呼び起こされてぐしゃぐしゃになった。

 

駆け寄ったことは良いことだと思う。

ただ、こんなに皆んなが傷つくことになるとは思いもしなかった…。

 

悲しい。