ただの主婦

子育て、日々の事、時事、思想、ただの持論、旦那一回り年下

→続き、江の島スタンプラリーがエグかった件。

・・と、言うわけで、前後半行かせていただいた「えのしま妖怪島」~ゲゲゲの縁起めぐり~。

 

百聞は一見に如かず↓

鬼太郎コンプ1

正確に言うと、フルコンプならず。

 

島中の妖怪を5歳と徒歩で2日間、12時間以上探したが7体の妖怪を取り逃がした。

水木しげるさんの言葉もわからず。

 

原因は一つ・・。

 

島中に掲示された妖怪のイラストやパネル・・設置店が定休日や開店前だと表に出ないのだ。

 

・・できるか!!!

とりあえず、おふだカード(シール)はフルコンプした。

水木しげるさんの言葉は「すきのちからをしんじればいい」・・深い言葉だ。

 

・・しかし語録の本も出るほど名言が多い方なのに、今回の企画でなぜこの言葉のチョイス・・・??

という謎も残る。

 

 

そしてこのカードたちの入手方法が最もエグイ。

 

 

まず前後半各5枚、これらは

「サムエル・コッキング苑内のシーキャンドルに上る」

「岩屋(洞窟)に入る」

江ノ島内で700円以上のお土産or飲食し、利用店舗にて証明を2件分もらい、江島神社社務所にてもらう」

江ノ島水族館で鬼太郎グッズを含む2000円以上のお買い上げ」

江ノ島&周辺施設に4か所あるスタンプを探し、江ノ島水族館管理室に提示する」

 

これを前半8月19日~9月9日、後半9月10日~9月29日の期間内で2回(2種類あるので)行わなければならない。

 

・・書いていてすでにエグイ。

 

しかもこのシステムにおいて、後者3件はある程度の拘束があるが、シーキャンドルと岩屋は「スタンプラリーに参加していない来場者」にもバンバン配る。

 

そして各カード一日先着300枚縛り・・・。

 

シーキャンドルと岩屋は、午前中どころかオープン後2時間程度で「配布終了」連発。

平日でだ。

 

もう土日祝は開島ダッシュしないと無理なんじゃないか!?の勢い。

しかも大半がカードに無関心なお客にばら撒く。

 

純粋に鬼太郎が好きで、カード目当ての私たち。

平日にわざわざ幼稚園ズル休みして、片道車で3時間近くかかる私たち。

 

まさに死活問題。

 

で、レアカードの入手方法もエグかった。

 

「江の島水族館、インターネット販売の鬼太郎グッズを含む2000円以上の買い物」前半8月19日~9月9日、後半9月10日~9月29日の期間内で2回(2種類あるので・・)

「さらに4500円超えると超レアカード1枚進呈!」

江ノ島水族館の年間パスポート購入」前半8月19日~9月9日、後半9月10日~9月29日の期間内・・・が、興味のない奴らにも配ったために、前半が終わる前には配布終了。

 

・・片道3時間近くかかるのに年パス買うかーーー!!

 

と、言うわけで最後の「あまびえ」は、ズルしてメルカリで購入した。

 

・・のだが、このカード。

早々に配布終了したために若干値段が高騰し、入手が困難になった。

 

私は安い時にすでに購入していたのだが、一週間近く経っても出品者から音沙汰がなく。

まさか値段高騰に気が付いて、取引終了を狙っているのか!!?

 

と、いらん心配を抱えてしまった。

 

メルカリ事務所さんと連絡を取り合い仲介してもらって、無事にカードは届いたけど焦った

肉体的にも精神的にも金銭的にもかなりの消耗を要す。

 

 

そして止めの4枚・・。

江の島水族館のお土産屋さんで2枚セット1000円で普通に販売。マジか。

 

 

・・・・・という地獄の労力で集めたカードと思い出。

 

今は手つかずで引き出しにしまわれている。

 

昨今「推し活」とかよく言うが、教えてほしい・・。

これほどまでの短期集中型「推し活」があるのだろうか。

 

しかもよく見てほしい・・鬼太郎は今まで6期に渡り放送されてきたが、今回の絵柄はどれも初代。

内容においては5期(バックベアード)。

 

…ターゲットをどこに絞っているのかも不明である。

 

・・こんなゴ●みたいなものに翻弄されていたとか。

いや・・結果じゃない。過程が大事。

 

あのとき次男は一挙手一投足に狂喜乱舞していた。

 

一番喜んでいたのはフルコンプでは無く、店舗印欲しさにやった「Dr.フィッシュ」であったことは否めない…。

 

 

まあ・・2022年はこんな思い出深い夏だった。

 

夏休みと言えば「恐竜」「妖怪」

子育てし続け来年で25年。

四半世紀幼児が途切れないと、季節の流れが子供寄りになる。

 

例えば春は卒業、入学式。

夏は夏休み、自由研究地獄。

秋は運動会に遠足。

冬はクリスマスに正月(これは一般と同じか)

 

こんな感じ。

だから各季節の長期休みでも、娯楽に季節を取り入れがち。

春は花見、夏は海、秋は山、冬はスキー、みたいな。

 

で、夏休みって20回以上子供たちと過ごしてきたが、どうも恐竜と妖怪のイベントが多いのだ。

 

なので長男が頻繁に通っていた国立博物館へ、恐竜と化石目当てで行ってきた。

コロナがあったので、次男はお初。

 

相変わらずだったが、私も博物館は嫌いじゃない。

でもお初の次男は、マンモスの化石も恐竜の骨も、長男が食いついた寄生虫もスルーだった‥。

 

長男は博物館へ行くと、必ずヘッドホンを付けて回るので回りきるのに時間がかかる。

 

でも次男はヘッドホンを付けているだけで回りも見ていない。

最悪だ。入場券ドブに捨てているような。

 

唯一立ち止まってずっと見ていたのが、回る何か‥。オブジェ?

 

次男は昔から「ボールを落とす」装置が大好きだった。

 

それこそ一歳くらいでやるボールを穴にいれて、クルクル落とすオモチャなんか、30分くらいずっとやっていた。

 

大きくなってピタゴラ装置にはまり、延々とボールを落とし続けていた。

 

動いていりゃいいのかな。と、思って、プラレールで遊んだり、Nゲージを見せたけど、それは違うらしい。

 

ドラえもんの秘密道具のコロガスイッチも好きだけど、一番好きなのはスロープを繋げて、漏斗からグルグル落とすブロックだった。

児童館でもずっとやってる。

 

だから博物館みたいに静止している展示物を見ても、何にも心動かされないのかな。

 

そんな次男がこの夏、ドはまりしたのが「水木しげる妖怪絵本」‥の動画の方。

 

教育番組でやっていて、目が釘付けになった。

 

確かに東海道中膝栗毛も絵本をCGで動かしていて、独特な動きが面白かった。

 

で、私も百鬼夜行とか鳥獣戯画とか好きで、原画展にも行ったので、次男をつれて「水木しげる展」に行ってきたのだ。

 

そして鬼太郎(昔の)に沼った‥。続く。

制限の無い夏休み

制限の無い夏休みも終った。

マスクを取るか取らないかすら、公なゴーサインがないと判断しかねる保守族ジャパン。

各自で判断できるだろうに、少数派からの攻撃が怖いのかなぁ‥。

そして感染者数爆上がり。

この「まあ、そうなるわな」と、おおよそ想像できるだろう事態を、深刻に報道する。

‥やめれ。

例えばコロナ自粛での鬱憤を晴らすまい!と、旅行をする。

それなりにディスタンスを守り、公共の場ではマスクを付けて‥と、モラルを守って楽しんだ方たち。

感染対策をしっかりやったアミューズメントで遊んだり。

全然悪くないのに、結果的に何か後ろめたい。

ファミレスはワクチン連打で強気のご年配たちの無法地帯なのにだ。

私も結構まわりに配慮しているので、配慮の欠けた方たちには迷惑している。

夏休み中、基礎疾患でCTを撮ることがあり、大きな病院へ行ってきた。

外来は予約のみで、大事に備えて先生も1/3しか出勤させていないらしい。

だから院内はわりと閑散としているのに、救急外来の人口密度の異常さ。

張り紙に180分待ちとか書かれていた。スペースマウンテンか。

救急車はひっきりなしに到着し、救急外来に直接来てしまう方も多数。

発熱者ばかりなので、これが外来と接触しないように、一色単に一部区域に隔離されていた。

ソーシャルディスタンスどころではない。救急がキュウキュウだ。

これで180分待ったら、免疫も落ちているだろうし、コロナ以外も漏れ無くコロナるだろう。

こんな状況でも検査の時には看護師さんに、「大きな病院だからコロナはいるからね。気をつけてね。ごめんなさいね。」って凄い謝られて泣きそうになった。

追い詰めているのは情報だ‥。

みんな翻弄されて、結果的に自爆して。

オイルショック地震の時のパニック心理、わかるだろう?って問いたい。

みんな自分や家族が大切で、錯綜した情報にも翻弄されて。

一生懸命なんだよね。

自分も次男が寝冷えで熱を出した時に、とっさに病院じゃなくて発熱外来を総括する役所に電話してしまった。

本来なら解熱剤の座薬でもぶちこんで、様子を見て小児科の順なのに。

冷静になってみてなんかおかしいなぁ‥。と。

役所が今の状況を打破する案を持つはずもなく。

「今日の発熱外来は予約が埋まっています」

と、機械的に返答された。

‥だったらどうしたらいいんですか!?って食い下がったけど、所詮役所はマッチングアプリ

「緊急をようすなら、救急車をよんでください」

‥安易に呼べるかー!

って焦ってしまった。

結果的に救急車逼迫。

つかまったとしても、行く宛がない。

うちは最終的に行きつけの小児科が、診察履歴がある発熱者だけ予約を取ってくれていて、救われた。

PCRやって陰性で寝冷えと診断されたが‥。

これで救急車呼んで救急外来に行ったら‥いらんものももらったかもしれない‥と思うと恐ろしい‥

インスピレーション

先日、次男の友達母子と天然石の博物館へ行ってきた

 

お目当てはトレジャーストーン。

砂利を掘って天然石を探す。

 

自らママ友(普通に友達を作ってみたかった)を作ってみて思う。

要は自分の好きな方のかき集めだ。

 

でも、その「好き」って主観的で、何か趣味が合う思考が似ている‥訳でもなく、インスピレーションだけで選んだ。

 

だから実際に話すと、何歳でどこ出身で、経歴とか趣味とかなにも知らない。

唯一の共通点が「子供が同級生」のみ。

 

‥よく友達(?)になろうとしたなと‥活字にして客観視すると呆れる。

 

で、直に趣味や経歴を聞いたりしてだんだん相手を理解した。

 

経歴は流石に様々だけど、不思議と自分よりの趣味思考でちょっとびっくり。

私の直感もあながちなのかなぁと。

 

モラルの面でも概ね同じ。

例えばお茶してても、話すときはわざわざマスクをしっかりして話し始める意識とか。

 

どんなに親しくても、礼儀や配慮を欠かさない方が私は好きだ。

 

まあ、私を見て合わせているだけかもしれないけどさ。でも合わせられるなら安心。

という感じで自分以外を客観視してきて、「自分はなんぞや」と思った。

 

友達が好きだといった映画や漫画やアーティスト。

みんなを知りたくて、調べて見たり聞いたりしたけど、ピンと来ず。

 

何が好きか。

ハマっているのかと考えると。

 

 

ひとりが好き。

お一人様で行動するのが好き。

 

 

コミュニケーションにおいて、絶望的な答えしかなかった。

 

でも、もう少し注視すると「隕石が好き」「インスピレーション重視」という確固たる自分が見えてきた。

 

隕石も天然石も実は大好きだ。

でも学ぶほど好きではないし、投資もしない。

‥というかあんまり持ってない。

 

インスピレーション重視と実感したのは、国立博物館へ行ったときのお土産だ。

 

 

砂漠の砂、アンモナイトの本物の化石、隕石のかけら、水晶郡‥。

 

 

どれも知識ゼロだ。

でも気持ちはウハウハだった。

 

そして自分の家に飾る‥訳でもなく、タンスの上に並べられている。

 

‥で、満足だった。

 

今回の天然石博物館も、歩く速度で長し見して、お土産やさんで自分の解消したい症状に見合った効果の石をひたすら漁っていた。

 

「疲れを癒す」とか「明朗快活になる」とか。

 

思えば神社仏閣でお守りを買うときもこんな感じだな‥私。

 

何が好き?

 

となると「とくに‥」でもこうやって何かに没頭したり、満足感を得たりはあるわけだ。

 

‥こんな感じで先日ヴァイスヴァーザで40%引きのウサギのぬいぐるみを衝動買いしてしまった‥全長60㎝のまあまあなやつ。

 

元より私はぬいぐるみに興味がない‥そしてウサギどころか動物が苦手だ。

 

‥では、なぜ購入してしまったのか?

 

 

ぬいぐるみが私を呼んでいたから。

 

 

 

これだ‥買ってしまった砂漠の石も、堀当てた天然石も、「私を呼んで」いた。

 

 

‥イタイだろ?

 

 

でも今は「星の砂」の声が聞こえるのだ。

 

「私を買ってー」って。

世間体

今日は朝からカマキリおじさんが謝罪していた。

私としてはテレビをつけた直後の謝罪で、よくよく知ると三年前の事柄で。

もちろん当事者なわけもない無関係外野で。

完全に藪から棒。

ありゃあ誰に向けて謝るのかなぁと、不思議だった。

被害者だって完全に蒸し返されているわけだ。

事実が判明した直後の謝罪は意味があるだろうが。

今回のは今さら報道してばら蒔いたやつが謝るべきでは。

世間をお騒がせした原因は本人であれ、今頃蒸し返して騒いだのはメディアでは‥。

報道の自由に時効はないんですね。

悪いことしたから叩かれて当然。思考を辞めたらどうだい。と、言いたいが。

やられた方が一番傷を負うのに。

世間体ばかりだな。

しかもどこ向いてんだ?

ジュリア・ロバーツさんからの発展思考

今日は息子とミニオンズを観に行った。

夏休みも後半で、劇場はガラスカだった。

最新作で、ジュリア・ロバーツジョージ・クルーニーの映画が紹介されていた。

‥二人とも歳くったなーって思ったけど、私も歳くった‥愕然。

物語は、別れた元夫婦が娘の結婚話しを期に「娘の完璧な人生」を目指して「自分たちみたいに失敗してほしくない!」と奮闘する話っぽい。たぶん。

‥完璧な人生‥

幸せの定義で考えたことがあったが、「完璧な人生」「幸せ」という明確な言葉があるわりに両者不明確だ。

まず千差万別であること、物体として存在する物ではないこと、更に終始姿を変えてしまうこと。

つまりは個々が「納得する」しか答えがないのではという疑問。

で、納得するには「妥協」が不可欠である事実。

妥協‥妥協は完璧ではないのだ。

そして気づく‥この流れの縮図が結婚だ‥。

まず出会い育み妄想。

結婚が決まる。

で、結婚までに若ければ仕事を固めたり、式までに自分を磨いたり、ベストな状態でその日を迎えようと、人生でも上位に入るくらい努力する。はず。

‥そこからの転落(言い方悪い)

結婚式‥絶頂‥幸せな日々‥現実‥お子‥紆余曲折‥挫折‥共生‥何か‥幸せ?‥虚無‥妥協‥惰性チーン

‥よくない‥よくないだろう?

よくないんだよ。うん。

経験者は語る。

もちろん後悔はないし、概ね幸せではある。

子どもに関しては感謝しかない。

だけど言葉で表すとああ無情‥。

これが結婚の実態だ。私の主観だが。

私は一回失敗しても再起(再婚)するゾンビだから思うけど、結婚や共存などはそれでもすべきだ。と、思う派。

まずもって一人で自身は構築できない。

一人で平気は、面倒から逃げてるだけの自己完結だ。

他者との共存って、まー些細なところから理解不能の嵐だ。

自分主義が多様性なら極論、野生の動物と比較してほしい。

命のリレーから逃げているのは人間だけだ。

知恵が本能の邪魔をしている事実は「生き物」として自覚した方が良い。

他を知ることで学ぶことはとても多いし、死生感から目をそらしてばかりでは人類が滅亡する。

人生はNOから学ぶものだとも思う。

痛い目に合い、痛みを知る。

反論は自分とは異なった視点であり、共感する必要は無いが違った考え方ありきを理解しないとただの意固地だ。

子育てに関しては、自身のルーツに触れる。

また、面倒な親戚付き合いから文化や共生を知る。

妥協も惰性も知るが‥

まあ、失敗から学ぶって実際苦痛。

ストレス半端無いし、辛い、苦しい、逃げたい、の四重奏だ。

でも10年経って思い出したら、あながち笑い話だったり、辛いは辛いであれ、あの経験がなかったら今は‥と、きっと考えるきっかけでもあるはず。

でないとしても、強烈に残るなら何かに繋げないと、そのときの自分が可哀想だ。

苦しむだけ苦しんで、結果的に今も苦しいですとか。無い無い‥。

って持っていくの!自分で。

って乗り越えてきて今があり、まあ理想通りではないにせよ幸せかなと。

私はそれよりも「恵まれているな」感の方が強いかも。

そうやって無理くり納得しようとして、隣の芝生を見て嫉妬するとかね。

人間「らしい」と笑える。

欲を言えばきりがないし、全てを手にいれたかと思われるマイケル・ジャクソンだって鼻が取れる。

人生超越した感じの瀬戸内寂聴さんも叩く人がいるわけだ。

私も拝見しましたけどね、夏の終わりとか。Wikipediaとか。

世の中「清廉潔白」が正義で「リアル」から目をそらしすぎ。

経験値は宝で、恥じゃない。

今は特にリスク回避とかの着眼点がブレていて、実は世間体ですよね?っていう事柄が多すぎる。

自分に当てはめれば大体わかると思うけどね。

‥あなたは完全無欠?

もう人生ドラクエだと思えば前に進めるんじゃないかと思う。

鍋蓋とこん棒でスライム倒せるようになって、叩いて叩かれレベルが上がり、自身も磨かれ武器も強化される。

仲間も増えるけど、そのぶん生き返らせたり気も使う。

でも助けてくれる。

人生だと最終的にレベル99歳は高齢すぎて、ここからのバラモスかー‥ってげんなりだけど、培った経験値は宝だよ。

生きた~!!

これが完璧な人生であり、幸せだったら、まあ合点はいく。うん。

で、自己満足で終わらせないように、後世に伝えていくんだ。

って、ジュリア・ロバーツから広がったな。

「で、いい。」

人付き合いの原点にたち、今になり「そうか、そうか」と学ばせて頂いている。

私は出産が早かったので、何だかんだもまれるのも早かった。

まだ自身も幼かったし、痛い目も合い、痛い目も合わせた。

そうやってワンワン泣きながら紆余曲折したあげく、35歳くらいから一匹狼に転身。

もともと一人っ子だし、マイペースなB型だし、誰もいなくても全然平気だった。

でも友達関係を俯瞰視するようになり、いつも自分ばっかり頑張っていたな‥と、寂しくなった。

いざ一人になると、誰も話しかけて来ないし、何も誘われない。

去年から友達作るかーって立ち上がり、集めた4人から後に2人加わり、遊ぶことが多くなったが、結局私が企画する。

縁日やスイカ割りや色々提案して仕切って。

みんな凄く楽しんでくれる。

‥ずるいなー‥って思い始める。

私も誰かの企画に乗っかりたい。

いい加減責任を背負うのがしんどい。

でも子ども達は純粋に楽しそうで、きっと人生でも上位になるかな?くらいの思い出を作れている。

‥で、いいのかなぁ‥

と、自分を落ち着かせる。

夏にスイカ割りやりたいなーとか、ハイキング行きたいなーとか、今はコロナもあって、友達との思い出が無さすぎて企画し始めた。

でも、子連れだから仕方がないとはいえ、ドタキャンされたり雨降ったり。

そのたんびに皆に連絡して調整とって。

何かいつもすいませんって言われて、変な上下関係というかボス感出ちゃって。

仕切りに回ると気苦労は絶えない。

誰に愚痴るわけもいかないし。

ただ、今いるグループの方達は自発的にも動いてくれるし、ドタキャンして気まずくなって来なくなるわけでもない。

みんなまたやろうね!(私が仕切るのか?の謎は残る)と、喜んではいる。

‥で、いいのかな‥

でもいつも連絡が来るまでドキドキして寝られなかったり、実は嫌われているのでは‥と、ネガティブになってしまう。

精神的にも辛い。

辛いから辞めたらきっと終わる。

まだ一年も築かれていない友人関係なんか、吹いたらすぐ飛んでいく。

だから必死に、かつ重くならないように、細心をはらって立案していく。

‥疲れた。本音。

だから何も考えず、これでいいのか。と、結論付けることにした。

自分が集めた人達だから、私が動かないと集まらないのは当然。

集まれば楽しいし、何より子ども主体であるはず。

もちろん、自己犠牲はらってまで子どものため!は、卒業したいので、自分も楽しむ。

その過程で心の葛藤はあれど、概ねみんな協力的。

‥結論、楽しかった。

これが他人と関わるってことなのかなぁ‥って。改めて。

一人でいると自由だ。

よし、この店に入ろう。とか、今は休憩。とか、やっぱりあっち行こうーが全て自分本意。

それが当たり前だったから、きっと自分も相手の思考を置き去りにしていたり、実は随分と譲歩してくれていることに気づいてないだけかもしれない。

結果的に自分が思い描いた終着地にたどり着いたのなら、「で、いい。」のだろう。

四十も過ぎて、ようやく納得いく流れにたどり着いた。

とはいえだ。

理屈では納得していても、他人は他人。

そして四十年以上かかって構築された私も私。

ガラスのハートなチキンリトル。

やっぱり嫌われているのではーとかいう思い込みは消えない‥。

人間関係胃が痛いー。