先日、旦那と風呂屋へ行ってそばを食べた。
私はサラダとミニ冷やしそば
旦那は温かい月見そば
で、出てきたのが
サラダとミニ冷やしそばと、ぶっかけ冷やしそば。
…おやおや??
旦那は踵を返すように店員を呼び止めようとしたので止めた。
まあ落ち着け。
店員は2名。
他の注文も溜まっている。
ここは我慢して食え。
「えーやだよ寒いもん」
子どもか。
例えばだよ。
私達が二人で営業していたとき、注文ミスや服の繊維(?)が入ってしまったことがあっただろう。
その時、誰か私達に言いに来ましたか?
黙ってそれ相応に召し上がって帰られただろう?
中には「ごちそうさま」までいって!!!
なんて広い!!!!
なんて広いお客様!!!!
「…面倒くさいから我慢しただけだよ。」
黙れ小僧!
私はね。
あなたに小さいことで相手の上に立った気になるようなクズ人間になってほしくない!!
黙って食え!!!!!
「えーーモグモグ…」
…と自分の価値観をゴリ押ししてやった。
この考え方は最近インストールされ、実行に移し始めたものだ。
要は「他人を許す」これに尽きる。
自分もイライラしがちで、すぐに他人のミスをつついたり、店員など反抗できないご職業だというのを良いことに、ゴネたり高圧的であったと反省していた。
で、何より「このまま年を取りたくない!!!!」
と、痛烈に気づいた。
「40にして惑わず」だ。
旦那は「30にして立つ」で、自立したてなのに。
とにかく今、自分の周りを注視して見ると「こうはなりたくない…」が存在する。
それこそ他人様を上から目線で申し訳無いが、自分視点のお話しなので相手に害はない。
それよりもこの先死に向かうに連れ、どう我が身の完成体を築くか毎日キョロキョロしてる。
嗜好品ならヨガもいい、アロマもいい、でも人間中身だ。
見た目もいいが、学ばずして成長はない…。
というわけで、今朝も一人スタバでカプチーノのVentiをズルズル飲みながら人間観察。
観察していたつもりが、あさイチで巨大なカプチーノを頻繁に飲んでいたらレジが小声で「Ventiさんお願いしまーす」と、ヘルプしたのが聞こえた。
そう、私が行くといつも同じ女性がでっかいカプチーノを作ってくれる。
知らないうちに私の裏のあだ名が「Ventiさん」になっていた。
違う…私がなりたかった人間は、他人にVentiなんてあだ名を付けられる様な人物ではない…。
でも許す…広いから…。
人生まだまだ先は遠い。