地味に好きな道。
都会の路肩によく生えているツツジが綺麗だと思ったことがなかった…。見事。
さて、ママ友との雑談。
2人のお子がまだ小さいママ友が、「夜は主人と呑みに行くのが楽しい」とか、「付き合いでの呑み会が週1は必ずある」というお話をしてきた。
…漠然とした疑問。
「お子はいずこ…」(預け先のない方)
私も20歳から子育てしていると、「若いうちにしか出来ない何か」を犠牲にしてしまったのでは?という疑問はずっとあって、「見えないなにかに縛られている」と窮屈に思った時期もあった。
学校では「協調性」を課せられ、両親には干渉され、社会に出るわけでもなく「自分の範疇」で物事を精査していかないとならない状況だった。
そんななか「自分」を露呈することは「親」として不謹慎。
という変な「縛り」が自分の中にあって、ずいぶんクソ真面目にやっていたなと逆に感心する。
こういう「羽根を伸ばす」行為の「許容範囲」であるが、「子どもを置いて出かける」という感覚は「マジョリティ的にアウト」でしかない。
そういう行為で事故につながることが多く「やらないほうが良い」が蔓延したにすぎず、「犯罪行為に直結するか」というとそうでもない。
つまり、口には出さないが「やむを得ない事情で寝ている子供だけ置いて外出をしたことがある親」なんかゴロゴロいると思う。
「コンビニへ行く」だってそうだ。
でもこれを「犯罪だ!通報だ!児相児相!」とはならない。
そうすると「甘え」が生じ、その「ちょっとだけ」がだんだん延びていく輩もいる。
自分が今まで子ども中心に生きてきて、やはり「アウト」である意味は理解する。
ただ、「これでいい」と思っている人をいなしたり、世直しが如く「注意喚起」していくのにも限界がある。
結論「自分たちが痛い目を合わないとわからないんだな」と、諦める。
でも、その弊害は「子どもたちにある」わけだ。
こういう「自分とは感覚がズレていると思われる人たち」との会話ってすごく疲れる。
なぜなら「ズレすぎていて悪びれない」ので、「通常の会話」ないし「あなたもそうよね」という雰囲気で話し合うからだ。
…私はお前と違う。(本音)
…これは今言うべきじゃない気がする…ので、話題を変えようと必死になる。
→疲れる。
…黙って帰ればよかったのだろうか。
こんな煩悩も私に「無いわけではなかった」のだが、昔の私が功を奏していたのは、お酒は全く飲まないし没頭する趣味も「製菓製パン」とか「子ども服作り」とかだったので「家庭的に弊害はない」ものであった。
でも、のめり込んでいるときは結構行動が縛られることも多く、パン作りが沼だったときは「過発酵になるから速く歩いて!!」などと謎に家族を振り回してはいた。
私は「お酒」が何度聞いても理解できない。経験が浅いからだ。
今時分、呑み会は断る風潮にあるのに大衆居酒屋には行く。
ひとりが呑まないとみんな遠慮をする。(逆も然り)
家で呑むほうが安いし、落ち着いて楽しめるのに高いお金を払う。
アルコールにより情緒が不安定になる(周りも)のに子供連れ。
最初は「ビール」。
私の場合「ご飯セット」とおつまみで食べていて引かれた事が、過去4回しか行ったことのない呑み会で3回あった。
…いくら考えても全然わかんない。「掟」が多い。
最初はビールじゃなくて、最初は「白飯」じゃないとあんな濃いおかずは進まない…。
ママ友は旦那とともに「アルコール依存症」とかなんだろうか。
そんなに頻繁に子どもを置いていく不安のほうが大きいんだが…違うのだろうか。
子どもが小さいうちなんか今だけなんだから、2人で家で呑めばいいのに…。
理解できない。
こういう「明らかにアウトな話を平然とする輩」の思惑が全然わからない。
「合わせたほうが良いのかなぁ…同調を求められているのだろうか…」
このとき私的には完全に「否定」しか答えがないので、どう答えていいかわからなすぎて、言葉に詰まって無視してしまう。
それはそれで相手もスネる。というか。面倒くせぇな…人間関係。
こういう「自分と毛色の違う人種」とは続かないことは理解している。
ただ「その場をどう凌ぐか?」のやり取りが全然わからない。
内容はともあれ、「楽しい雰囲気での一端」であるからだ。
そもそもASDはコミュニケーションが苦手なので、自覚している分「細心の注意を払って返答」するようにしている。
私は相手の言葉の意図や表裏が全然わからず手探り状態。
例えるなら「胎内巡り」しながら適当にうなずいている感じを想像してほしい。
最早「自分も見えていない」。
なのでなるべく「空気を読むように努力して」相手の気持ちに沿うように譲歩するので「依存」されやすい関係になりがちで、それも悩み。
単純にそもそもが「白黒思考」なので、「わかんねぇものをダラダラ繋げるだけ無駄」という本音があるからだ。
私が相手に見せている「表面上の私」と「私の本音」が真逆である場合が本当に多い。
それで都合よく好かれても、「本当は嫌い」なので自分が辛くなる。
距離を置く方法も不明なので、大抵は突然「音信不通」になるか「見えないふりをする」というJKみたいな稚拙な対応をしてしまうのだ。
行動が薄い私。
結局彼女が「旦那と出かける」話をしてきたので、私も旦那と大きな公園にお花を見に行った話をして話題を変えたのだが、「わ〜ラブラブなのね〜」と言われて引いた。
「ラブラブ」??
ASDは「言葉をそのまま受け止めてしまう」。
10年以上生計をともにしているので旦那とは「ラブラブ」ではない。
「たまたま隣りにいたのが旦那」であり、お金も払ってくれた「財布」程度な感覚。
…ちょっと書いてみると薄情だけどそれほど「無」だったし、実際電車の乗り換えで何度かはぐれたので「最終的に現地集合、現地解散」みたいな旅だった。
私は「人を待たないし探さない」。個々で進んだほうが「効率的」と判断しただけ。
「ラブラブ…?」とオウム返ししてしまったので、更に「そう、ラブラブ♡」と念を押され、ゲロ吐きそうになった。
…合わねぇんだろうな。結局。
今日で終わりだな。