どうも子どもと話すときに上手く伝えられないなと思うことが多かった。
例えば以前、次男の同級生が転んで、膝にまあまあの擦り傷を作った。
足を引きずって泣きじゃくり、お母さんのところへ連れていってあげたのだが、その短時間でどう慰めて良いか分からなかった。
普通ならきっと「大丈夫?他にいたいとこはない?歩ける?」などだろうが、そんな抽象的な気のきいた言葉は浮かばなかった。
その時、私が彼に話しかけていた言葉がこれだ。
「‥大丈夫?痛いね‥でも、怪我をして治ると組織が強くなるから、きっと前より足が速くなるよ‥」
‥何言ってるんだ俺。
超面白いじゃないか。
次男のお友だち、5歳。黙る。みたいな。
確かにASD前は意識しなかったが、こんな風に具体的な返しをしながら子育てしていたと実感した。
客観視すると凄い変だ。
さすがに今はASDの理屈っぽさを「個性」と捉え、楽しんじゃう方向に転換したから、意識して話すようになった。
今日の次男との会話も、振り替えると酷くて笑えた。
議題「人面犬、ターボ婆、鬼婆」について。
まず人面犬とターボ婆の出現条件だが、都市伝説本などを見ると「運転中に並走してくる」という記述が多くあった。
しかも幹線道路だけでなく、高速でも現れる。
下道なら制限速度は60㎞だが、高速だと80~100㎞となる。
平均して時速80㎞以上で走れるのなら、鬼婆の比ではない。
鬼婆は山で迷うと寄ってくる。
走る速度だが「三枚の御札」のお話で、小僧を追うが追い付いてはいない。
子供より若干遅いなら、まあご年配の女性程度の足の速さなのだろう。
山道とお年を考慮すると大分速いので、やはり妖怪なんだろうが。
で、絡んでくる目的も鬼婆は明確である。
「食欲」
では、前者は?というと、どちらも不明確であるのだ。
高速並走して‥ニタニタ笑う‥
しいて言えば、「承認欲求」なのだろうか。
鬼婆に関しては倒し方も明確で、チャンスも三度ある。
ラストを知っているなら、一枚目で小さくして食ってしまい、残りの二枚で人面犬とターボ婆を殺ることも可能だ。
いや、ママなら一枚でまとめて消して、残りの二枚を私利私欲に使うけどね。
‥みたいなどうしようも無い話を6歳次男とショッピングセンターで歩きながらこんこんと議論した。
6歳に忖度なしのこの文章通りの話し方で。
次男はわからない言葉のオンパレードだろうが、知らん。
私が超楽しかったからいいのだ。