以前「〜べき」を辞めようとアンガーマネジメントを勉強してみたことがある。
もともと白黒思考なので中間がなく、良く言って一途に突っ走る癖があった。
「コレは正しいことだ」と感じると、融通がきかなくなる。
例えば車で走行中に停止ラインを超える際、赤でなければ黄色でも交差点に侵入できる。
速度が上がっていた場合、無理に止まると後続車からの追突の懸念があるからだ。
つまりそのための「黄色信号」であって、「青以外でも走って良い」というケースバイケースな判断が瞬時に発生する。
しかし免許取り立てだった頃の私は、頑なに「青以外全て停止」していた。
そして「制限速度30km」などの道を、どんなに煽られようとも「30kmきっかり」で走行していた。
これを関西圏でやっていたらシバかれると思う。
こういう周りに合わせるのが正解のような「暗黙の了解」的なことを運転では問われるので、正直自分の概念をひん曲げないとついて行けなかった。
例えば免許の試験も小ざかしい、
問「車道外側線内を歩行中、前方で走行中の自転車が正面から来た車を避けて右の車道外側線内に入った。○か×か。」
答え「×自転車は左側通行です」
小学生のなぞなぞか。
歩道に自転車が入ったことが良いか悪いかの理由ではなく、そこか。
自分の疑問も解消しないまま「そういうもんです」と突っぱねられると、「なんでやねん!」が発生してしまう。
こういうイライラを極力減らしたくて「心のコントロール」というアンガーマネジメントを学ぼうと思った。
どうでもいいことで辟易したくない。
単純に「物は考えよう」というだけの内容だったが、分かりやすい事例がひとつ。
まず「自分の大好きな人」を心に浮かべてください。
俳優さん、アニメのキャラ、何でも良いので「一番好きな人」です。
あなたは自分設計でこだわりの「新築の家」がようやく完成し、昨日引っ越してきました。
これから「お友達を呼んで新築パーティー」を開くため、ひとりで片付けをしてお料理も用意。「万全な対策」で臨もうと準備しました。
一番乗りで来てくれたのは「大好きなあの人」です!!
喜んで迎えます…が、突然お料理をひっくり返されてしまいます。
テーブルの上の料理も台無し。新しい絨毯にも汚れがベッタリ。
これから数十人来るのに…!
あなたはこの「大好きなあの人」にどう声をかけますか?
という問題。
答えたところで二問目。
それが「身近な人」家族、子供などであればどう声をかけますか?
この二問目で一問目と「答えに相違」があるとしたら、無意識のうちに「怒りのコントロール」ができている。というものだ。
おそらく大抵は「大好きなあの人」に対して、「大丈夫ですか?怪我はないですか?気にしないでください。」など、自分の心を押し殺して「配慮した言葉」をかけているのではないだろうか。
しかし「身近な人」になったとたん、「何してんの!!どうするの!?すぐ片付けなさい!!」と、感情むき出しになってはいないだろうか。
アンガーマネジメントとは、つまりこういうことらしい。
「原状回復すべき」が先行してしまうと、眼の前の事に焦ってしまう。
でも、「原状回復すべき」の「〜べき」が取れれば一旦冷静になることはできる。
優先順位とすれば「原状回復」であることも否めないが、今起こった「事柄に対しての結果」に焦点を当てて、とりまそれ以外は乖離して冷静に順序立てよう。
という「考え方の順序替え」みたいなことで「直情的な怒りをコントロール」する。
前の問題の様に、意外とこういう事は日常的にできているはずだ。
でも、「できない」ときもある。
「何でできないか?」を思い返すと対処法も見えるし、対処できれば自分の心にも優しくできる。
そういう事がテキストにズラズラ書かれていた。
ではコレを旦那に当てはめてみる。
新築の家でのパーティー直前に破壊的なこぼし方をする旦那。
自分の怒りを極限まで抑えて、眼の前に集中する(瞳孔が開くことはコントロールできない)
「…大丈夫ですか?…お怪我はありませんか?」
…膨大な怒りの感情と圧倒的な威圧感しかない。